2014年4月21日月曜日

紙の切符一筋だった僕が、PiTaPaを使い始めたワケ

今月後半から、ついにICカードのPiTaPaを使い始めました。

ずっと「紙の切符以外ありえない」と言っていた僕がPiTaPaを使い始めたのは、次のような理由があります。

①運賃の割引が効く

今までは知らなかったのですが、PiTaPaを使って一定以上の乗車があると、運賃の割引が適用されるようです。

鉄道会社によって割引率や適用条件は異なるようですが、普段よく使う近畿日本鉄道大阪市交通局では、細かいながらも使えば使う程割引が適用されるようです。

奈良在住の身にとって、大阪に出るだけでも片道700円くらいかかってしまうので、少しでも割引が利くのであれば活用する手はない、と考えました。

関西一円の私鉄で適用される割引例は、こちらのPiTaPa電子カタログから確認して頂けます。


②岡本太郎の一言
前述の割引以上に、僕の心を変えたのが岡本太郎の言葉でした(笑)

岡本太郎の「美しく怒れ」という本の中に、次のような一節が出てきます。(厳密な引用ではありません)

人間は本来自由な生き物だ。どこかに行きたい、だからどこかに行こうとする。しかし、どこか遠くに行こうと思って電車に乗ろうと思えばなんたることか、私たちはわざわざ切符を買って、改札という障害物を超えていなかければならない



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この一言に僕は大変共感してしまいました。今まで全然、こんなことは考えたことがありませんでしたが言われてみれば確かに、鉄道を使うのにわざわざ閉じた門を無理矢理開けて前に進むのは、本能的なものに逆らっているのかもしれません。

もうこれ以上ない程に単純な理由でPiTaPaを使い始めたワケですが(笑)、今は日本各地で、異なるICカードを共同で使えますから、関東に行ってもチャージしておけば大丈夫です。

PiTaPaを使い始めて、カードをかざすだけで前に進めるのはとても気分がいいです。これからも使い続けていこうと思います。

2014年4月20日日曜日

続けることの本義

「継続は力なり」という言葉があります。

この言葉は、半分本当で半分は嘘だと、僕は考えています。


僕はもともと飽き性(良く言えば好奇心旺盛)で、次から次へと目移りがして、何事も手に取ってみる→気に入らなかったら手放す、ということをこれまで随分繰り返してきました。まさに「継続は力なり」の真逆を突っ走る人間なのですが、その中で、自分でもびっくりするくらい長く続いているものがあります。

それが何かは後で述べますが、これらを続けた中で思うのは、「続けるのが何故良いかの本当の理由は、続けていれば自分でも分からないような素敵なことが起こるからだ」ということです。

僕が続けたもの、その一。英語。

小学五年の時に虜になって、それから海外や言葉に興味を持つようになり、今はそれで仕事もさせてもらっています。言葉の勉強と、言葉を使って仕事をすることは全く異なりますし、とても手短には表現できない奥深さ、別世界がそこには広がっていますが、それでもいろんな海外に行って、言葉の面白さ、人間の認識の奥深さについて知ることになったことは、お金にはなっていないかもしれませんが自分のなかで、続けることで分かったことなのだと思います。


僕が続けたもの、そのニ。SNS。

Facebookを始めて4年。Twitterを始めて3年半。最近はどちらも、以前より面白くはないと思っていますが、それでもこれらのツールを使っていろんな人と会えたり、自分のことを知ってもらったり、そこから仕事に繋がったりといった、今まででは考えてもいなかった出逢いが沢山ありました。いろいろと幻滅して、これらをリセットしようかと考えたことも何度かありましたが、やっぱりそれでも続けたい、と思う気持ちが強かったのだろうと思います。特にTwitter経由ではいろんな人から仕事を頂くこともでき、言葉では言い表せない不思議さをつくづく感じます。


まあ、ぶっちゃけこの二つくらいしか長続きしたものがないのですが(笑)、これは人によって違うと思います。長く異性と交際をしたり、長く会社勤めをしていたり、ということもケースの一つにあてまはると思います。どんな場合でも、辛いこと、しんどいことはあると思いますが、それでも続けるなかで、良いことに出会えるんだろうな、とは思っています。

僕は会社勤めをすぐに辞めて、既に年数でいうと個人で仕事をしている時間のほうが長いのですが、しんどい時のほうが多いです。ですが、思わぬところから人に出会ったり、仕事のパスを受けたりと、仕事に関しても、まだまだ自分がしらない世界、思ってもいない出逢いがあるんだろうな、と思うと、なぜか今の道を別の方向に変えようとは思わなくなります。

長く続けることの本義は、「長いことやっていたら何か素敵なことが起こる」ということなんだと思います。とても抽象的でポエムみたいですが(笑)。でも、その「何か」は人によって異なるんだと思います。仕事であったり人との出逢いであったり知見の広がりであったり…。


これは結局、「生きること」にも繋がるのだと思います。生きていれば素敵なこと、良いことが起こる。だから、命だけは自分で絶ってはいけない。たとえどんなことがあっても。


生きることの素晴らしさ、生かされていることの素晴らしさをもっと多くの人が経験知としてもっている世界を作っていきたいです。

2014年4月19日土曜日

天理臨の撮影に行ってきました

4月18日は、地元天理にある天理教のお祭り(大祭)なんですが、それに合わせて世界各地から信者がこの街に集まります。そんな中で賑わうのが、このイベントのためにやってくる天理教信者の方を乗せてやってくる臨時列車なワケでして。

地元のJRはとても辺鄙で、僕はあまり使わないのですが一年に一度、この路線にいろんな車両がやってきます。


去年も同じ日に撮影をしましたが、今年も行ってきました。(家から自転車で5分!笑)


毎年恒例の、DD51+24系客車の組み合わせです。



(若干カマが切れてしまった)



(以下専門用語が多数ありますので、興味のない方は飛ばしてお読み下さい。)

今年の天理臨には、ゴロンとシートの24系が含まれていませんでした。去年はゴロンと車が1号車に組み込まれていたのですが、ことしはこれぞ「元祖ブルトレ」というような編成になりました。電源車のカニ24も0番台(後期型)で、まさに東海道ブルトレを彷彿とさせる編成でした。

ただ、金帯車が混ざっていて編成美は若干崩れていたかもしれません。


この撮影地まで自宅から自転車で5分で行けるので、本当に恵まれていると思います。年に一度しかないわけですけれども…(笑)

ただ、去年もそうでしたが思った以上に寒い!
出発時刻は18時前なのですが、日中とは温度が大違いです。今日は風も強かったので、体感温度はもっと低かったと思います。他の撮影者の方は羽織るものも持っていましたが、僕は完全に服装を間違え動きながら暖を取ることに。



僕はもともと鉄道好きで、長らく乗り鉄でしたが、良いカメラを買ってからは撮る方にシフトしつつあります。といっても、今日の他の皆さんのように、わずか数秒のために遠くまで足を運んで待機して、一瞬に魂を込める、ということはまだできていません。カメラの三脚をはじめ様々な機器を持参されて撮影をしている人の姿を見ると、自分はここまで命を燃やすことができるものがあるのかな、と時々思ってしまいます。別に仕事じゃなくていいと思いますが、こういう「一瞬のために」命を振り絞ることって、最近なくなってしまったなあ。特に写真というのは、風景にしても乗り物にしても一瞬を切り取るものですから、僕はそういう姿の人にロマンを感じます。今度山崎のカーブまで撮影しにいこうかな。お金はかからないわけですから、そういう部分に傾倒するのも面白そうですね。


そして、今回皮肉だなと思ったこと。

僕は長らくブルトレが好きでしたが、最後の庶民ブルトレといえる「あけぼの」号が、この3月で廃止になり、実質日本で運行しているブルトレは、「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」の三つになってしまいました。(他に「はまなす」や「サンライズ」もありますが、前者は急行、後者は電車なので厳密にいえば定義外となると思います。)

で、そんなブルトレが好きになったのは、幼い頃にこの天理臨を見ていたからなんだと思います。本を読むうちに一層ブルトレ好きになったとは思いますが、きっかけは地元の天理臨。

そして、日本で市井ブルトレが全廃になっても、最後まで残ったのがこの天理臨。私たちは乗れない特別列車ではありますが、最後まで地元でこの姿が見られるなんて、思ってもいませんでした。逆に言うと、他のところで全部姿を消してしまったことも、また自分は思ってもいなかったことなのですが。

いろんな憧れを抱かせてくれたブルトレが最後まで地元に来たのは、まるで幸せの青い鳥のようで本当に皮肉なことだと思っています。人生、本当にうまくできている。


24系を使った天理臨は最後、なんて噂もあるみたいですが、地元に最後まで来てくれたブルトレには、やっぱり何か縁があったのでしょう。自分でもなんとも不思議なことですが、最後の最後までその勇姿を見せてくれて本当に感謝です。

人が「生き物」であることが忘れられているような経済社会

僕は結構、気持ちの浮き沈みが激しく定期的に身体の調子の善し悪しが循環していく人間なのですが、周りで仕事をしている人たちを見ていると、まるでそんな調子の善し悪しなんて存在しないかのような世界にいるんだな、と思うことが多々あります。

前々から思っているのは「人間週に5日、一日8時間も仕事しなくていいやろう」ということです。実際に会社勤めをしているひと、特にこの4月からそれを始めた人はうすうす気づいているかもしれませんが、案外人間、週に40時間も働くことなんてないのです。僕はいままで、会社勤めをしたら「1日8時間は仕事するんだよな〜」なんて思っていた訳ですが、実際にして思ったのはそんなことまったくない、ということ。曜日や時期によって閑散期と繁忙期があるように、一日のなかでも仕事が次々にある時や、逆に時間をもてあますような時だってあるわけです。これは業界や職種によってもちろん異なるとは思いますが、今複数の仕事をさせて頂き、いろんな世界を垣間みることができた中でこのことに気づけたことは、自分にとって視点が増えた、大きな財産だと思っています。

ですが、求人情報を見たりする限りでは、時給換算、月給換算によって自分のお給料が決まるために、仕事内の時間に濃淡があっても、それがあたかも平坦な時間になっているかのような錯覚を私たちはしてしまうんだと思います。今の私の仕事の仕方では、翻訳の仕事の場合、日によって稼動時間も大きく異なりますし、毎日この時間からこの時間まで仕事をしないといけない、という縛りもありません。もちろん時間がかかる仕事の時は、10時間ほど仕事をしたり夜に仕事がずれ込んだりするわけなのですが、気分が優れないときは早く寝たり遅くまで寝ていたり、自分のペースで仕事ができるようにある程度の融通は利くようになっています。ですから、定期的に鬱のような状態になることがあり(その逆もある訳ですが)そういう時には思い切って休むことが可能な今の状態は、収入的には不安定ですが、案外自分の身体の状態のことを考えると適した仕事の仕方なのかな、とも思っています。

そのために、今自分の身体の仕組みが徐々に分かってきて思うのは、自分は果たしてどこまで会社勤めができるんだろうか、ということと、現在会社勤めをしている人の中にも、僕と同じような状況に直面している人もいるのではないか、ということです。


人間も生き物であって、定期的に身体の調子が良くなったり悪くなったりするものだと思うんですが、そういうのとうまく付き合いながら、それでも毎日決まった時間に職場に通うことって、今の自分には結構大変なことかも、と思います。「体調管理をすることも大人(社会人)の仕事の一つ」と、ある先輩がおっしゃっていましたが、そこまでして毎日同じ時間に職場に行くことの意味とはなんだろう?意味はないのかもしれないけど、今の僕にとってそういうことを実際にしている多くの人は、ある意味尊敬というか、それを超えて「大変な時は無理しないで欲しい」とすら思う時さえあります。(他には、身体の限界を超えてまで仕事をすることであったり、薬を飲んでまで仕事に身体を合わせることであったり、今の僕は身を入れることができない世界です。)


上で述べたような世界が仕事の全てではないでしょうが、時々、私たち人間が生き物であることが忘れられてしまっているような世界になってきているんだな、と感じることがあります。スターバックスCEOが毎朝4:30に起きる理由という記事が今人気らしいですが、毎日起きる時間が異なる自分からすると、生き物って毎日同じ時間に起きるのだろうか?夜行性動物もいるし、そんなに早起きすることって得のあることなのだろうか?とまで、いぶかることも多々あります。(もちろん、早起きすると気分がいいしメリットはあると思うのですが、私の今の状態では朝から仕事の予定が埋まっている訳でもなく、あまり自発的に早起きしようとは思えないです。こちらの記事でも書いたのですが、逆に旅をしている時は自然に早起きします。)


まだまだ生物、生命分野に関する知識が不足しているのでしっかりとした論理展開ができないのですが、生物、生き物、生命の仕組みについてもっともっと知りたいと思います。その上で、人間らしく生きる、生き物らしく生きるとはどんなことなのか、自分の中で答えを作り上げていきたいです。



2014年4月18日金曜日

【インタビューを受けました】「とある翻訳家の生き残り戦略」

先日のアセナビライター募集の記事で紹介した鈴木君に、昨年末実はインタビューを受けました。

大学の授業の一環として課題が出ていたそうですが、その記事が彼から届いたので、僭越ながらこちらでも公開させて頂きます。

内容が内容なので、同業者からはあまり良い反応がおこらない気もするのですが、自分の正直な思いが綴られているので、藪内はこんなこと考えているんだ、というくらいに捉えて読んで頂ければ幸いです。

〜〜以下インタビュー記事〜〜

太字:鈴木君
細字:自分


ーブログでも反響を呼んでいるエントリー「なぜ僕は、新卒で始めた仕事をわずか5ヶ月でやめたのか?」を拝見しました。「組織で働く」からフリーランスへと大きく働き方が変わったと思うのですが、比べてみていかがですか?

今はとにかく自由で、自己責任の世界。元々は広告営業の新規顧客開拓をしていたんやけど、結果はついてきてた。お客さんに顔を覚えてもらって「またお願いしまーす」とか言われるのはすごくやりがいがあった。でも、労働時間について上から言われたり、理不尽に詰められたりしたのが辞めた一番の理由。その時に比べたら、気分的には相当楽やね。

ー翻訳という仕事は以前からやりたいって思ってたんですか?

どうやろう、ちょっとは思ってたかも。英語に対しては小学校5年の時から興味あった。言葉の仕組みが面白いなって感じていて。だから、大学でも言語学を学んだ。仕事を辞めてからポーランドを旅行してた時に、これからどうしようかと思ってた時期があった。すると、翻訳会社で働く知人から偶然仕事を頂いた。当時収入ゼロだったのもあるけど、相当な額に見えてね。それよりも、これが実績になって、手に職がついたらいいなという期待が大きかった。以前から、「絶対に翻訳やりたい」というよりは、生き残るため始めたのがきっかけやね。

ー組織で働くのと比べて、お金の貰い方も違いますよね。やっぱり自分で稼いだぞ!という気持ちはするんですか?

それが不思議なもので意外としやへんねん。結局、関係性の中で仕事をもらってるから、人に生かしてもらってる感覚が強い。

ー翻訳の世界って結局コネ社会なのかなぁ、というイメージがあります。

そうやね。実力があれば自然とコネも増えていく。今は手を動かす仕事をしているけど、将来的にはコネの中から仕事を取って誰かに振る側になってるかもしれない。例えばこの前の仕事の流れはこう。まず翻訳会社が大きな案件を受注する。そこで、実際に手を動かす翻訳家を募集する。翻訳会社には、手直しをする人が何人がいて、フィードバックが入る。

ー受注する役、翻訳する役、チェックする役。チームワークなんですね。

プロ野球で言えば、プレイヤーと監督コーチ側に分かれると思うんだけど、僕は手を動かしてる方が好き。ずっとプレイヤーでいたいと思ってる。

ーフリーランスって究極の自由ですよね。いつ仕事しても良いし、休んでも良い。時間をコントロールするのは難しいですか?

そうやね。いつまでも仕事できる一方で、調べものをしてると脱線したり。友人とご飯あるからそれまでに終わらせようと思っていても、結局後回しにしたり。集中できる時間も限られている。この前の仕事は、六週間で180ページぐらい。一週間で30ページ。週二日休むと一日6ページ。月曜は集中してやれても、火水になると段々ダレてきて集中力がなくなってきたりもする。僕は夏休みの宿題とか、始めにほとんど終わらせないと気が済まないタイプだったんやけど、尻に火がつかないとできないことがあることに気付いた。

ー翻訳って単純作業なところありますもんね。でも一方で、創作活動の要素を含んでると思うんですね。

クリエイティブさは求められる。あえて、思い切ってニュアンスを変えてみたりね。言語を変換するときに100%同じニュアンスを残して伝えるのは不可能。だから、いかにニュアンスを汲み取って、自分の脳で変換をして、一方の言語で適切な形に直すかが大事やね。
ークリエイティブ要素もあるけど、言語を変換するプロセス部分ってコンピューター的なところがありますね。翻訳家の共通の悩みとかってあるんですか?最近、翻訳専門のクラウドソーシングサービス出てきましたよね。
翻訳家の間でよく話題になるのが、仕事の単価が下がっていること。昔からやってる人によると、相当下がってるみたいやね。クラウドソーシングが普及してきた影響もあるかもしれない。仕事をする立場から言うと、クラウドソーシングの仕事を受けるのは、割に合わなすぎて厳しい。
ーこれもよく話題になると思うのですが、google翻訳もスゴイじゃないですか。テクノロジーの発達についてはどう思いますか?

危機感はある。いつか仕事がなくなるんじゃないかなと。でも、皮肉な部分もあって、ほとんどの翻訳家は、テクノロジーに頼っていて、トラドスという翻訳ソフトを利用している。過去に翻訳した文章をデータベースに残して、以後似たような文章の変換があれば勝手にソフトが一番適切な文章を選んでくれる。人は、それを参考にして仕事を進める。何十年も翻訳経験ある人がバリバリ使ってるからね。テクノロジーと上手く付き合って、仕事の効率を上げていくのは必須やと思う。

ー翻訳家も結局コンピューターに頼らなくちゃいけない。面白いですね。先ほど、クリエイティブの話が出たと思うんですけど、芸術と一緒で人間しか出来ない部分って残ると思うんですよね。

うん、文芸翻訳は特に残るだろうね。データベースに残せない微妙な感情表現とかあるから。この業界で生き残る人は、伝統工芸家みたいな人だと思うよ。翻訳に対してプライドを持って取り組んでいる人。具体的に言うと、見直しを何度もしたり、一つ一つの文章にこだわりをもって向き合える人。

ー藪内さんもそんなこだわりを持ってやっていきたいと思いますか?

おそらく、100年後も安く機械だけで翻訳するの賛成派と、反対派に分かれると思う。今だって大量生産で作られるものもあれば、手作りにこだわり続ける人もいるよね。であれば、機械翻訳を良しとしない人同士でコミュニティを作ってお互い協力していく。翻訳の仕事のやりとりだけじゃなくて、情報交換していく中で他の仕事も生まれるかもしれない。翻訳というスキルで仕事を得るのではなくて、藪内さんだから任せるという風になっていきたい。

ーそれが藪内さんの生き残り戦略ですね。


案外やっていけると思うよ。周りの人は、「翻訳の世界は厳しいからやめとけ」と言うけど、それはやったことない人が言う言葉なんだよね。一歩踏み出してみると、開けて見える世界がある。楽観してはいけないけど、変な自信がある。50歳ぐらいの翻訳家の人に最近こう言われたんだよね。「翻訳の世界の人って翻訳のことしか考えていないけど、藪内さんは広い視野を持っている。翻訳家らしからぬ独自の視点で頑張ってほしい」って。翻訳の単価が下がることに不満をもらす人は多いけど、それに対して彼らは変わろうとしない。文句だけ言ってないで、新しいやり方を模索していかないと。新しい翻訳家のモデルとして活躍していきたいね。モデルじゃないのが、モデルかもしれへんけどね。

〜〜終了〜〜

藪内達也|フリーランス翻訳家
大学時代は、ポーランドでインターン、伝統工芸品の海外販売事業に携わる。普通の学生とは一風変わった経験をする傍らブログでの情報発信を続ける。一度就職するも半年後に退職。現在はフリーランスの翻訳家として活躍する。




…やっぱり、相変わらずなかなか大口叩いていますね自分(笑)

淀屋橋でビジネスランチ

今日(木曜)は、日中大阪で仕事をしていたこともあって、昼に淀屋橋で仕事仲間(?)と昼食を取りました。

二日前にFacebookで投げてみたら、思った以上に反応が多く驚きましたが、一人でも多くの人とお会いしたいために二人に来て頂くことに。


一方は、関西で同業の経営者の福島さん。
G-planetという企業の経営をされています。

もう一方は、イラスト・マンガをかいておられるスキゾキッズさん。
スキゾワールドという仕事用HPを持たれています。

お二人とも、去年に初めて知り合ってから長いことご無沙汰でしたので、この機会にお会いできて良かったです。

僕の時間の都合で、バタバタご飯を食べながら翻訳の世界の仕事の愚痴を聞いてもらったり(笑)、お二方どうしは初対面なのでいろんなテーマで話し合ったり、短い時間ではありましたが久しぶりに仕事関連の話をすることができました。


少し話題になったのは、一人で仕事をしているもので愚痴を言う機会がないと言うことでした。二人で延々といろんなケースを言い合って、スキゾキッズさんには話を聞いてもらうだけになりちょっぴり申し訳なかったです(笑)

ただ、やっぱり仕事を具体的にどうやっているのか、課題にどうやって取組んでいるのか、翻訳の世界とイラストの世界の違いなど、ミクロな視点からマクロな視点までお互いに話し合って、新しい考え方を得ることはできました。

普段外に出ないだけに、こんな風に機会を作って仕事の話をすることも必要だな、と強く思ったひと時でした。


全員関西ネイティブの人間なので、関西を拠点にこれから一緒に仕事ができるようになりたいです。

2014年4月16日水曜日

【告知】ASEAN特化のウェブマガジン「アセナビ」が、ライターを大募集中!!

今回は告知をさせて頂きます。


私の知り合いである鈴木佑豪君が、"ASEANで働く"を近くするウェブマガジン・アセナビという面白いプロジェクトを行っているのですが、現在このウェブマガジンにてライターを大募集しています。


詳細はこちら
↓↓↓↓
アセナビを一緒に作るメンバーを募集しています!!

(アセナビの詳しい説明は、こちらから→アセナビってどんなサイト?


このウェブマガジンが面白いのは、「海外キャリア」という観点から東南アジア(ASEAN)を見てみる、というところにあると思います。

リンク先を覗いてもらえれば分かるのですが、ASEANで活躍中の日本人インタビューはもちろん、現地生活のノウハウやエンタメ情報など、他の媒体やサイトでは手に入れることが難しい情報が数多く載っている、珠玉のASEAN特化サイトです。

例えばこんな記事。

ベトナムで人生を変えた川村氏が語る『チェンジメーカー留学inベトナム』の魅力

タイ最北端の村からコーヒーを届ける日本人 「お金より精神的な豊かさを求めてここに辿り着いた」

マレーシアを解くキーワード第1弾!《多様性》

日本だけじゃない!ASEANも踊る『恋するフォーチュンクッキー』



このプロジェクトの運営に関して、インタビュー記事ライターやオリジナル記事ライター、またプロジェクト運営メンバーも募集しているので、ASEANに行ったことがあるかたもないかたも、ライティングに自身がある方もこれから力を付けたい方も、是非奮ってご応募されてみてはいかがでしょうか。

経験問わず、ASEANに行ったことがある人もない人も、現在滞在中の方も応募可能です。
→応募はこちらから


彼と僕は大学時代に知り合って、お互い関東・関西という土地の違いがあったにも関わらず、インターンを一緒にしたりいろんな相談に乗ったりして、今までお世話になっています。彼は高校、大学時代に留学をしたり、旅をしたりと広い世界を見て、自分で物事を考えて、何事にも挑戦していくとても素敵な青年です。
このアセナビも、ちょうど一年前(2013年4月)に現地に渡り、半年程コアメンバー二人で、資金を自分たちで用意して回ってきました。渡航前に個人的に相談も受けましたが、彼が考えていること、そしてこのプロジェクトを通して成し得たいことはとても大きいことで、素敵なことだと思っています。


これから伸び盛りの国が数多くあるASEANに関する質の高い記事が集まった、間違いなくナンバーワンのこのサイト。そんなサイトの運営にライターや運営メンバーとして関わってみるのは、これ以上ないチャンスだと思います。

少しでも興味のある方、質問のある方はこちらから内容をご確認のうえご連絡をなさって下さい。