2013年5月24日金曜日

夏が、来た。

横になっている僕の耳に、音楽が流れてきた。
うっすらと目を開けると、窓の外にはまだ青が残っている。
どこからか流れてきた煙が、僕の鼻を微かに触る。

そんな瞬間に、命のはかなさを僕は感じる。
なぜかは分からない。
そんなことを思って、僕は少し憂鬱になる。
けれどそんな感情も、一瞬のうちに心のどこかに埋もれてしまう。
そして、そんなことを思うことが出来てむしろ、喜びをも感じる。



夏だ。

夏がやってきた。



こんな気持になるのは、何も今に始まったことじゃない。
それはたぶん、制服を着ていた時からずっと、思うようになっていたはずだ。

あれからは、もう何年もの時間が流れてしまって、当時はそんな何年後を想像することなんてできなかったし、まさか同じような感情を抱くことになるなんてことも、思ってもいなかった。

けれで僕は今、ここで横になって同じ気持を抱いている。



僕は夏が、好きだ。

夏という季節が好きだ。

他の季節がとくだん嫌いなわけではない。


だけどぼくは、夏が好きだ。

それはたぶん、「命のはかなさ」を感じることが出来るからじゃないんだろうか、と思う。


河辺を舞う蛍。

木に止まって鳴く蝉。


夏は、一番命を身近に感じられる時だ。

冬は、命そのものを目にする機会が少ない。

春になると、一斉に命が芽吹いてくる。

そして夏は、終わりが始まる。


終わりは何かの始まりの合図、とは言うけれども、一方で始まりがあれば終わりがあるのもまた、自然の摂理だ。


そんな、命の輝きを目にすることができる季節だから、僕は夏が好きなのかもしれない。



命ははかないと思う、いや、実際にはかないものだ。

そして、こんなことを思う僕を人は、「病んでいる」というかもしれない。


でもそれは、それでいいと思う。なぜなら僕が思っていることは、まさしく本質であるから。



人は概して、自分の弱みや悩みを見せないものだ。

もちろん、それを表に出すにはとてつもない勇気が必要だし、そうしたところで良い方向に転がるなんて保証は、どこにもない。


でも、人は誰でも悩むものだし、不安を抱えながら生きている。

そして、「命あるものはいつか滅びる」という事実を前にすると、そんな悩みはとても小さなものに思える。
そう、僕たちがこの地球で生きていること自体、もしかしたらちっぽけなことなのかもしれない。



経験はー
経験は、想像で補えるのだろうか。
人の頭は素晴らしいと思っている。
なぜなら、身体が体験したことのないことや、覚えていないことも、作り出してしまうことができるから。
経験は、想像で補えるのだろうか。

過去を夢見て、未来を思い出すことがあるのは、僕だけなのだろうか。



夏が、やってきた。

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