2014年4月3日木曜日

仕事における成長とは

「仕事における成長」とは一体なんなんだろう、と前からきになっている。ここでの「成長」とは、企業の成長ではなく、社員一人一人の成長のこと。

よく「仕事を通して自己成長したい」みたいな言葉を聞くけど、これに対して長らく違和感を抱いてきている。最近、ようやくこの違和感を言葉にできるようになった。簡単に言えば「無理をしている(=本質的ではない)」ということだ。



例えばの話、

自分に小さい子どもがいるとして、その子が5歳とか、言葉をしゃべれるようになった時に「僕はこれから成長したいんだ!」って言ったとする。これはこれで気持悪い(笑)、というのも、子どもがこれから成長していくのは目に見えているから。親としては、ほっといても身長が伸びて体重が増えて、体格もしっかりしていく子どもに「いやいや、望まなくても成長するから大丈夫(笑)」って、半分笑いながら「こいつかわいいな」みたいなことを思うのではないだろうか。
もちろん肉体的な面だけではなく、いろんな感情が発達して、精神的にも成長することは間違いないと思う。

翻って、「仕事を通して成長したい」というのは、「本当は成長できない」ということに対するアンチテーゼを投げかけているんじゃないか、と僕は思う。もしくは、本当は仕事を通して成長できるかどうかなんて、わからないことなのだ。東京行きの新幹線に乗っている人が「東京に行きたいのですが」なんて聞かないように、もしかすると、仕事をする事が自分の成長に必ず繋がるとは、いいきれないのではないか(具体例、経験がないのだけれど)。



高校の保健の授業だったかで先生が言っていたのは、「人間の皮膚は19歳がピークで、それから先は衰えていく」ということ。数字までが本当かどうかは結局分からなかったけど、クラスの女の子達は「きゃ〜〜〜〜」と、ものすごく絶望していたのを覚えている。

これは皮膚の話だけど、いわば人間は、20歳を超えたら、だんだん肉体的に衰えていくものだと思う。体力は落ちていく一方だし、肉がつきやすくなったり思い通りに身体が動かなくなったり。髪が薄くなったり目の病気を患ったりと、挙げればきりがないのだけれど。
こういうのは、まだ20代半ばの僕にはあまり実感が湧くものではないのだけれど(それでも、ここ数年で体力の衰えと、総エネルギー量の減少は感じ始めた)、やっぱり、これからは漸進的に下降線をたどっていくのではないかと思う(というか、紛れもない事実だろう)。


だから(こそ)、人間は仕事を通して「成長したい」と思うのではないかと思う。これはもしかすると、会社の成長にもあてはまるのかもしれないけど、自分の身体が衰えていくのを受け入れたくないから、代わりに別のところで成長(=上昇志向)を持ち続けたいのではないだろうか。


ただまあ、僕自身にとってはあまり「成長」には興味がなくて(いずれ人間は死んでしまうものだし:ただし、いずれ死を迎えることと今を生きなければならないことは、まったく別次元の話でもある)、僕が仕事をする時に求めていることも、成長ではない。


以前にこちらの記事(「仕事の本質は頼まれごと」)で触ったことなのだけれど、仕事で一番必要なことは、どれだけ結果を出せるかであって、どれだけのものを相手に提供できるかだと、僕は考えている。だから、少し無茶な要求があってもできる限りそれには答えるようにしているし、分からない点や曖昧な点があれば、確認してはっきりするようにしている。なかなか直接人と面と向かってする仕事ではないから、「おかげで助かりました」と言って頂くことはそんなに多くはないのだけれど、それでも誰かの力添えをできたことは嬉しいし、その結果その人たちの業績が少しでも伸びたり、集客がうまく行ったり、良い方向に行ったのなら僕は嬉しいと思っている。

ただ、その過程で自分が「成長したか」なんてことは、殆ど考えたことがない。やっていることを簡単に数値化できないのもあるし、過去のことにあまり興味がないこともあるのだけど、相手に何かを提供する中で「自分が成長したか」どうかを考えることなんて、すごく恥ずかしいことだと、思うようになった。
(少しでも自分に得るもの:新しい知識や経験があれば、それでよかったと思っている。もしかしたらこれを成長と呼ぶのかもしれないけど。)



別に、仕事を通して自身が成長することを目指すことが悪いことだとは思わないのだけど、そればかりを意識してしまうと、結局良い仕事はできないと思うし、どこか本質とずれたままなんじゃないかと思う。

けれど、今の日本はどこまで言っても「自分が自分が」になっているようで、ちょっと息苦しいかなあ。


あとは、今の日本では、「自分が成長したい」と思っている人はすごく仕事がしやすい環境になっていると思うのだけど(あくまでイメージで語っているから、本当はよく分からないんだけど)、それ以外の、例えば仕事はあくまで生活の糧、と言う人とか、レイヤーの異なる人たちにとって、すごく生きづらい世界になっているんじゃないかなあ、と思ったりするのだ。
(僕も、仕事をバリバリするのはあんまり好きじゃない。だからこそ、今こんな風に仕事をしているわけなんだけれども。)

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