今日、実に、実に久しぶりにBUMP OF CHICKENの音楽を聴いた。
最近は、アイスランドのバンド、OF MONSTERS AND MENにはまっていて、こればっかり聞いていたのだけど、本当に久しぶりに、BUMPを聞いた。
今日聞いたのはCOSMONAUTの中の数曲なのだけど、その中のHAPPYという曲の中に、こんな一節がある。
"続きを進む恐怖の途中 続きがくれる勇気にも出会う
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて"
このフレーズは知っていたのだけど、今日改めて聞くと、不覚にも泣き崩れてしまった。
最近は、アイスランドのバンド、OF MONSTERS AND MENにはまっていて、こればっかり聞いていたのだけど、本当に久しぶりに、BUMPを聞いた。
今日聞いたのはCOSMONAUTの中の数曲なのだけど、その中のHAPPYという曲の中に、こんな一節がある。
"続きを進む恐怖の途中 続きがくれる勇気にも出会う
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて"
このフレーズは知っていたのだけど、今日改めて聞くと、不覚にも泣き崩れてしまった。
◎僕がBUMPを好きなワケ
僕はあまり、音楽は聴かない方だと思う。
小さい頃は親の聞いている、ラジオから流れてくるようなフォークソングしか聴いたことがなかったし、その後はThe Carpenters やCarol Kingといった、これまた少し古めの洋楽を聴いた時期があって、邦楽も少しは聴くが、カラオケでもそんなに歌えるグループはいないし、世間では有名、人気な曲も多くは知らない方だと思う。
そんな中で、恐らくBUMPは自分が初めてのめり込んだバンドだった。
しかも、どっぷりとつかったのは2009年くらいだから、結構遅いほうだと思う。
(アルバムでいうと、Orbital Periodくらいか?)
あの時は大学の一年生で、いろいろとうまく行かないことがあって、たぶん人生で初めてどん底を経験した時期だと思うのだけど(けれど、不思議なことに時間が経てば、そんな時のことも過去の思い出になっている)、そんな時に聴いたのが、確かBUMPの「花の名」だったと思うのだ。
とにかく、その歌詞が身体全体に沁みわたった。
他にも「supernova」や「sailing day」など、まだまだ知っている曲は多くはなかったけれど、とにかくその歌の、歌詞の力強さに力をもらったのを覚えている。
おそらく初めて、自分が「音楽の力」のようなものを体験したのがBUMPだったのだ。
その後は一通り曲は聴いて、最近の物はわからないけど、過去の歌はだいたい歌詞も覚えるようになって、本当にいい曲を沢山世に出しているバンドだと、僕は思っている。
では、何がそんなに良いのかというと、僕はこう思っている。
「一人一人が思い思いに解釈をできるような、コンテクスト性の高い歌詞を紡ぎだしているという魅力」
少し難しい言葉を使っているけど、要するに言葉の深みが他のバンドと違うような気がする、ということだ。(あまり聴かないから断定はできないけど)
これは、なかなか上手く言葉で説明できないので、是非このブログをご覧になった皆さんは、一度BUMPを聴いて頂きたいのだが、歌を聴いていると、自分の経験や思い出に、すっと歌詞が入っていくような気がするの。
それは、過去の人間関係や挫折、仕事、挑戦、恋愛、旅、価値観、哲学…と、聞き手が持っている、それぞれの異なる物を上手く掬い上げているようなフレーズが使われている、ということだ。
(特に最近のアルバムには、そういう歌が多い。)
もっというと、上っ面じゃない、人の心の奥深い所を撫でて、時にはえぐるようなフレーズが使われていることも、僕がBUMPを好きな理由だと思う。
これも、実際にBUMPを聴いて頂くのが良いのだが、「時空かくれんぼ」とか「ラフメイカー」とか「ダイナマイト」とか、「花の名」もそうですが、人の深層心理というか、深いところを表現している。
よく恋愛ソングにある「好き」とか「愛している」とか、そういうドストレートな言葉を全く使わずに、言葉に含みがあって、一人一人が内省をして、噛み締めることができる、という、そんな歌を彼らは作っている。
(恋愛ソングを歌う人たちは沢山いるのだけど、やっぱりBUMPの(というか、藤原さんの)歌詞に込められた力強さ、魂の強さは別格だと思う。個人的には、これだけの言葉を紡ぎだせる藤原さんがされた経験はどんなものだったのか、ということにとても興味がある。傍目からみたら少々気持悪いが。笑)
それだから、時期を変えて同じ曲を聴くと、以前とは違った解釈やイメージを持ったり、現在の自分の状況になぞらえたりすることができて、自分でも歌に対して新しい発見をしたり、「ああ、昔はこんな風に考えていたんだな」と思ったりすることもしばしばある。
そして、そんな風にBUMPを聴くことができると、なぜか不思議と安心してしまうのだ。
別にBUMP以外のバンドでも、同じようなことになる場合もあるのかもしれないけど、やっぱりBUMPは自分の中で格別。
(そういえば、以前はミスチルも聴いていたけど、言葉が軽い(チャラい)ためか、最近は聴いていない。この違いはなんなんだろう。)
◎ボクが還ることのできる場所
そんなBUMPは僕にとって、「いつでも還ることのできる」場所なんだと思う。
別に、長いこと聴かないことがあってもいい。(僕は、一つのバンドにハマっては冷めて、の繰り返しが多いタイプだ。)
でも、その期間がどれだけ長くても、ふとした機会にBUMPを聴くと、どこか懐かしい感覚、そして時間が経っても変わらないもの、彼らが持っている本質をえぐる言葉に気づくことが出て、安心ができる。
実際に今日、聴いた後では心が驚く程軽くなった。
最近うすうすと思うのだが、たぶん自分は躁鬱のようなサイクルを持っていて(人間誰しも持っている物かもしれないのだけど)、特にエネルギーが外に出て行く時と、内側に向かうときの善し悪しの差が最近ははっきりしている。(以前はこんなことに気づかなかったんだけど、何でだろう?単純に年を取ったのか?)
僕だって、エネルギーを使って次々とやりこなして行くときもあれば、それを使い果たして充電しなければならない時もあるのだけど、BUMPはそのどっちの時にでも、「還っておいでよ」と言ってくれる存在なんだと思う。
僕自身、もう少し辛抱の時期が続くと思うけれど、しんどくなったら立ち止まって、何度でもBUMPを聞くようにしよう。言葉の縁に心を置いて。
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