2015年1月30日金曜日

世間で言われている「英語力」について考えてみる(2)〜「英語力」を取り巻く要素を考えてみる

さて、

昨日の記事に続いて、今回も英語力について考えていきます。

今回考えてみたいのは、「英語力」の構成要素。


英語力=A+B+C+D… だとすると、これらのアルファベットには何が含まれるのか?ということを考えていきましょう。

これも切り口が沢山あるのですが、例えば某英語試験のように、次のような要素に分けることができますね。

・リスニング力(聞き取り能力)

・リーディング力(読解能力)

・ライティング力(執筆能力)

・スピーキング力(会話・発表・意思疎通能力)

インデント分けしてみると、次のようなものです。

英語力
 リスニング
 リーディング
 ライティング
 スピーキング


もしくは、次のような分け方もあるかもしれません。

・文法力(中高時代にどれだけ文法を勉強したか)

・語彙力(単語、熟語)

・日本語力(そもそも、母語で理解できない概念等を別の言語で理解することはできない)

つまり、

英語力
 文法力
 語彙力
 日本語力

ですね。


ただ、これらの三つの「力」が同値なのか、と言われれば、難しい問題です。

どういうことかというと、これら三つの力は単位がことなってるんじゃないの?つまり、g(重さ)とcm(長さ)とV(電圧)を一度に比べるようなもので、そもそも破綻しているのではないか?ということになりかねません。

というより、そもそも「言語運用能力とは何ぞや?」という問いへの答えは難しいです。

言語というのはすなわち、人間の表象能力の一つなわけです。(他の表象能力の例としては、例えば音楽、絵画などがありますね)

何かを表象する、ということは、その槌概念として「表象されるもの」があるわけですが、これは言語学でいうところの「シニフィエ」になるわけです。

(この辺りの話は、言語学の祖、ソシュールに関連する本をお読み下さい)


シニフィエとシニフィアンというのは、

例えば「海」という言葉と、その言葉が意味するもの(人がそれを聞いてイメージするもの)、の対比を意味するわけですが、

日本語にせよ英語にせよ他の外国語にせよ、出発点は「シニフィエが存在すること」なので、これらの概念、イメージを把握していて、それを英語で理解することができる、ということが「英語力の本質」だと思うのですが(あれ、結論出てしまった!?)、

こういう作業(シニフィエとシニフィアンを理解する)は、ある種メタ的な考え方で、人間が無意識のうちにやっているものです。なので、これらを潜在的に意識している、という前提があったうえで、英語の文法を理解できる、語彙を理解できる、ということに繋がっていくと思うわけですね。

つまり、「概念を把握して、それを英語という表象手段を使って出力できること、また、他者の出力を理解できること」が、究極的な英語力の正体なのではないでしょうか。

次回以降、この考えの具体例を見ていこうと思いますが、ゆくゆくは異文化コミュニケーションだったり、構造主義の話にも広がっていきそうですね…

(「言語について考える」というテーマのエッセイにして、不定期更新にした方がいいかもしれませんね)

基本的に、まとめた内容をブログに書くつもりがないので、その点をご了承頂ければと思います。

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