2015年5月8日金曜日

最高の贅沢

東北に出ていた間に行われた、将棋の名人戦第二局を簡単に振り返っていたのですが、


1日目、開始直後8手目に、後手の行方さんが1時間以上長考されていたんですよね。


これ、最高の贅沢だと思うんですね。


8手目だと当然戦いは始まっていませんし、これからの駒組みをどうするかということを構想している段階なわけです。

そんな時分から、過去の指し手や展開を振り返りながら、目の前の一局をどう組み立てていくか、どう見せるかということに時間を使えるのは、なかなかないことだと思います。


長考というとどうしても、もっと具体的に局面を良くしよう、といったことを考えることが多いと思うので。そういう時は、形勢の優劣が決まってしまう、もしくは既に決まりつつある状態なので、純粋に考えることを楽しむ、という要素は薄くなってしまうと思うんですね。


この長考と指し手に、最高の贅沢とは何か、という問いに対するヒントをもらったような気がします。



自分は最近、将棋はもっぱら見るだけになってしまいましたが、タイトル戦でも、単純に成績を見るよりは、一局一局に詰まった思いや芸術性を味わおうとするようになりました。


もちろん、ひいきの棋士もいるのでそういう人は応援しているのですが、大舞台で対局者は「良い将棋を作ろう」と思っているのでしょうから、そういう作品に少しでも触れてみたいな、と思うのです。
(そういう意味では、かつての竜王戦で藤井さんが羽生さんに対して放った△3九銀の捨て駒は、本当に芸術性を感じました。)


タイトル戦でのプロ棋士の姿勢を見ていると、結果やお金は本当に後から付いてくるものであって、あの人たちが突き詰めているのは究極的に、盤上81升での芸術性なんだな、と気づきます。


そういうことを仕事としてできるのもまた、尊いんでしょうね。




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